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2010/12/18 (Sat) ポパイのいない庭

ポパイの最後の写真はラーナくんが遊びに来た時にyayaさんが撮ってくれたもの。 

7月11日のポパイ。あの日のたった20日前。

そうか、このときは
 
10-07-11-10[1]aのコピー

明るい色のマンダリンが随分ワッサリと伸びてたんね。



心の友と

おケツとおケツを合わせて

10-07-11-00[1]のコピー
                                   
・・・・・・・・幸せー。


*****


ポパイが入院してから、ポパイが死んでから
カーテンは締め切り、光も遮って、見事なまでの引き篭もり。
人に接触する事はもちろん外の空気を吸うことさえも怖かった。
とにかくすべての刺激を避けてひとりでいることでバランスを保とうとしていた。
集中力は皆無。ただソファーと一体化。

ポパイの入院中は時間が経つのがとてつもなく怖かった。
ポパイが死んでから後は時間が経つ事だけを望んでた。

どんだけ名前をよんでも待っててもポパイが駆け下りてきてはくれない庭は
怖くて怖くて窓から眺める事さえも出来なかった。

でも庭の池と水鉢にはお魚がいるので庭にも行かなければ。
ビオトープとはいえ時々はごはんもあげている。

ポパイが死んで数日後、お魚にパンくずを持って行った。
パラパラとパンをあげながらぼんやり水面を見ていると
どうも魚影が今までと違う事に気がついた。 どう見ても数が多い。
黒い小さな魚が増えてる?見間違い?
いや、やっぱり増えた?ほんとに?
まさか増えるとは思ってなかったのと
なんかよく分からない小さくて黒いのがチョロチョロチョロチョロ泳いでるのが可笑しくて

可笑しくてひとり池を眺めながら笑ってしまった。


ポパイが死んですぐ、友だちが
「ぽーくんの体はお空にのぼって行ったけど、魂はお家にいると思う」
そういってくれた。

チョロチョロ泳ぐ黒い小さいのを見ながらそれを思い出した。

ポパイは家にいる・・・そう思うのもいいかもしれないなって思った。
家の中にいてほとんど動けない私に、いつもどおり今日も庭に下りたポパイが
「お庭に来んか」と遊びに誘ったような気がした。

私を庭に連れ出すためにポパイが魚の赤ちゃん連れて来た?
って、そんな訳はないのは分ってるけどそう思ってみるのもいいかもしれないと思えた。




今年の蓮はもう鉢が小さすぎるのでしょう、
ひょろひょろの細ーーーいのが2本だったか3本だったか咲いただけ。

画像 605 

温帯性の青い睡蓮はついこの間までポコポコ次々と花を咲かせてくれた。

ポパイがポパイの時を止めたと同時に私も時間を止めたように暮らしてたけど



悲しいけど

画像 616  

何もなかったように確実に時は進んで季節は流れてるんだな。


*****



槇原敬之さんという方がいらっしゃいますが

ポパイの死後いつだったか・・・もう10月だったか、ふっと槇原さんのブログにたどり着いた。プロフィールには「9匹の犬と暮らしている」とあった。 そんなにもいっぱい?と、ページを少し繰ってみると、今年2010年6月と7月に槇原さんが14年間一緒に暮らして来たケンちゃんというフレブルのことが書かれていた。


私はずっとポパイの死を認めることから逃げ回っていた。
何もかもを奪い取られたという喪失感の中だけで毎日息をしてた。
それを読んで我に返ったような感覚を覚えた。



ポパイと暮らした毎日にはひとっかけらの後悔もないじゃないか。
ポパイは幸せだった。
私だって幸せな時間をもらったじゃないか。
ポパイにどんだけありがとうって言ったか・・・ちゃんと言えたか?



3ヶ月半も経ってようやくポパイのことを書きましたが
書くにあたって思うことがあった。

犬に対する考え方思いは人それぞれ。
何をどこまで書くのかということ。
自分の気持ちを吐露する事にどれだけの意味があるのかということ。
最後はそこで書くことをためらっていた。


槇原さんのケンちゃんのことを読んで、やっぱり書こうと思えた。
(とはいえ、そこからまたえらい時間かかりましたが)

槇原さんブログ/ 2010年6月 2010年7月
        

****


ブログをUPしたのちには、知らせる事が出来なかった友だちから混乱した状態で電話があったり、いますぐ話がしたいとメールがあったり、ただ何も言わずポパイへのプレゼントが届いたり。例えばある手紙には「もう一度ポパイの優しい顔を見てポパイのフワフワの体を触ってポパイのいい匂いを鼻いっぱい嗅ぎたい」・・・とあってその人らしい言葉にほっこりとさせられて泣いて、そして笑えたこともあった。そうだね、そうやっていつもポパイの匂い嗅いでたよねって。

みんながポパイの為に泣いてくれてた。 ありがたくってお礼のいいようがない。
ずっと黙っててごめん。 ポパイのこと可愛がってくれてありがとうね。
ポパイに楽しい思い出をありがとうね。

それから、全く面識のないブログを読んで下さっている方々から何通もメッセージをいただいた。下にポコっと付いてる「拍手」も沢山クリックして頂いて驚いてます。そこからコメントくださった方もいて返信する術がなく申し訳ないです。 泣きながら書いて下さったのが解りました。亡くした自分ちの子のことを思い出し書いて下さった方も多かったです。愛を込めて、と最後に綴って下さる。ポパイへだけでなく、ポパイのことを書いてきた私にまでありがとうと言って下さる。

本当にありがとうございます。

でもね、そうやってポパイを思ってくれる人がいっぱいいたんだと気付かされるとようやく一歩二歩進むつもりで書いたつもりだったのが、書いたことでまたイジイジと後退してしまってこのひと月ほどはポパイを失った夏にまた引き戻されてしまったような感じです。


****


yayaさんの撮ってくれた写真がポパイの最後の(ちゃんとした)写真ですが
そのyayaさんとラくんが帰ったすぐ後、その日 yayaさんがポパイにくれた
フカフカ犬ベッド伏せるポパイの携帯電話で撮ったしょぼい写真がほんとの最後でした。

初めてのフカフカすぎるベッドに乗る事を躊躇するポパイをおやつで釣ってなんとか伏せの姿勢をとらせたのだけれど(前足のみから始めて何段階かでようやくこの態勢に)

長年せんべい布団でばっかり寝ているポパイはそのフカフカフワフワベッドに

埋もれるように沈み込み

100711_2002~01 

身動き取れず カチカチに固まる。

せっかくもらったのに、あんたはもぅー。



******



ポパイが連れて来た事にしとこか・・・の
何だか分らなかった黒くて小さい魚の赤ちゃんは今では立派な金魚になりました。

画像 384


ポパイさぁ、

お魚の赤ちゃんよりポパイの赤ちゃんだったらめっちゃ欲しいなぁ。

うん?・・・・ポパイの赤ちゃん?
いや・・・赤ちゃんのポパイか?  ・・・・ドッチデモエエカ



****


ポパイのいない庭は本当に味気ないです。
庭の椅子に座ることもなくなりました。
静まり返ったような感じです。
庭が息をしてないように感じます。
来客は水鉢に来る数々の野鳥でそれを上から見たときが唯一気持ちが和む時。
テーブルセットのすぐ横がポパイの場所。
庭をみるとそこに気持ち良さそうにポパイがいて
呼べばコートをユサユサと揺らせて階段を駆け上がってきた。


画像 635



ポパイのことを思わない日はないです。



10-07-11-05[1]aのコピー
                                   yayaさん、ありがとう

まだ涙も毎日毎日、まぁマメにジワジワポロポロとしつこく
今のところ引っ込みそうにありません。

ポパイのお布団もぬいぐるみもブラシも水入れもお茶碗も
バルコニーのソファーも庭のおもちゃも極小ポパイ号の後部座席も
全部ポパイがいた時そのまま。
今すぐポパイが帰って来てもたった今から今まで通り生活できる。
これもどこかで区切りをつけて仕舞わんといけません。


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mayo

  • Author:mayo
  • アフガンハウンド ポパイ ♂
    2002年6月9日静岡県生まれ大阪育ち
    兵庫県南部在住

    ポパイのホームページ
    I'm POPEYE the afghan hound

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